<デヴィッド・ペイトン>
 1949年10月29日、スコットランドの首都エディンバラの生まれ。歌手であった父親の影響もあり、学生時代から音楽活動をスタート。1968年に、ローカル・バンドBootsの一員としてCBSと契約。ロンドンに出て2枚のシングル盤リリースするが、残念ながらブレイクには至らず。その後、Bay City Rollersのマネージャーから声が掛かり、BCRに加入するも、ブレイクする前に脱退。さらに、71年にDeccaからChristyanというバンドでシングルを出すがこれもヒットせず。
 1974年に今度は、BCR在籍時に出会ったBilly Lyall、さらに、セッション・ギタリストとして活動中だったIan Bairnson、そして、Stuart Toshの3人と共にグループ:Pilotを結成。Alan Parsonsをプロデュースに迎え、1974年6月にシングル<Just A Smile>でデビューを飾り、同年、1stアルバム「From The Album Of The Same Name」を発表。そこに収められていた<Magic>の世界的なヒットで一躍注目を集める。さらに75年には<January>が全英No.1に輝きその人気を不動のものにする。 同年、第2作「Second Flight」を発表。ここでもAlan Parsonsが手腕を揮っている。そして、1976年、今度はRoy Thomas Bakerをプロデュースに迎え、3作目 の「Morin Heights」を発表。ここまでの3枚は全てEMIから発売されていたが、その後、Aristaに移籍。4作目「Two's A Crowd」をリリースするが、この時は、すでにDavidとIanの2人だけになってしまい、結局、グループは解散。
 その後David Patonはソロ活動をスタートさせ、シングル<No Ties No Strings>を1980年にリリースするも、レコーディングを終えた同名アルバムは結局お蔵入りしてしまう。それと前後して、DavidはAlan Parsons Projectの一員としてベース、ヴォーカルでレコーディングに参加。他にも、Camel、Fish、Rick Wakeman、Elton John、Chris DeBurgh、Kate Bush、Jimmy Page、Chris Rea、Paul McCartney…英国のトップ・アーティスト達と共演する。

 その後91年に初のソロ・アルバム「Passions Cry」をWest Coast Productionから発表。スコティッシュ・トラッドを中心としたこのアルバムには元Pilotの同僚、StuartとIanも参加。さらに96年にはLochshoreというレーベルから第2作「Fragments」を発表する。そうして、2002年、Ian Bairnsonとのデュオ・ユニットとしてPilotを再始動。25年振りとなるアルバム「Blue Yonder」を発表し、世界中のファンに夢と希望を与える。そして、それから1年、今度は80年に録音しながらお蔵入りしてしまったアルバム「No Ties No Strings」を復活させるべく全曲を全て1人の演奏で再レコーディング。2曲の新曲と、Pilotで発表した<I Wonder>の再演版を加え、アルバム「The Search」として発表。
 日本盤には<System>というボーナス曲も収録されている。なお、現在David Patonはスペインに越し、そこで新たなる 創作活動に取り組んでいる。